2008年04月09日
2008年03月30日
2008年03月28日
大河の一滴 (幻冬舎文庫)
- 本当のことを書く。
某所でこの本の担当編集者Sに罵倒されたことがある。その際の忘れられない言葉が、「俺にとって、読者が一人死のうが、二人死のうが関係ない」であった。
よくもこれだけ汚い言葉を吐ける人間が、五木氏の担当になれたものだ。また彼の本性も見抜けない、五木氏も五木氏である。
もしもこのレビューに文句がある人は、私ではなく、直接Sに投げかけてもらいたい。 - 大ベストセラーの記憶も遠くない、五木寛之の書。龍谷大学で仏教史を学び、浄土真宗の影響を受けて育ったという著者は、紛れもなく骨の髄まで『門徒』だ。いや、むしろ彼の言葉を借りるなら、手の指、足の爪先まで真宗の流れを受けているようだ。
これは浄土真宗を広めるための宗教書ではない。
でも、この乾いた時世にこれからの人生を進もうという私達に『ひとつの手段』として、浄土真宗的哲学から、ヒントを与えようとしている。
押し付けるのではなく、淡々として口調で。
恐らく大方の人が意表をつかれたんじゃないだろうか?人間の暗さや絶望を認めることが、人生を受け入れる事であると、人生に希望をもって生きる事であると言っている。
繰り返すが、この本は今も続くベストセラーになった。
実利主義・競争主義の世の中に、本当は人間誰もが哲学を必要としている。個性や違いを認め合える寛容さを、悲しいとき一緒に悲しんでくれる存在を求めている。親鸞が生まれた時代も、今自分が生きるこの時代もそれは変わらないのだな、と思った。
乾いた現代で、傍らで微笑んでくれる存在、一緒に微笑んでくれる存在を求めている人間の性を、浄土真宗の視点で訴えた1冊。 - この本は自己肯定のススメだと思いました。世界の不条理に生きにくさや、生きるつらさを
感じ、そんな自分は弱い人間だと悲観していましたが、それでも私に生きる価値のある事を
伝えてくれるような気がします。 - 「人間はみな大河の一滴である」。
そう思うようになった著者の展開する人生の教科書。
勝ち組・負け組みという言葉が我が物顔で歩く現在であるからこそ、自己を省みるのには最適の一冊である。
えらくてもえらくなくても、お金持ちでもそうでなくても、それぞれの人のそれぞれの人生には価値があるのだ。 - 大河の一滴と思えないからこその 人間なのです。筆者も戦争体験の中で 約束を守る大人に救われたと言っているでしょう。そして裸足でも 周りも裸足だからつらくなかった。と。こんな明快な答えと この世は地獄 自分は大河の一滴って 言葉遊び以上に支離滅裂で 変でしよ?人が人を助ける。他に何が有るのか教えて欲しい。筆者と対談した 色々な分野の方々の話は素晴らしいが ごちゃ混ぜのエッセイ集として気軽に読むべき。現実社会で全員 この世は地獄って思ってる世界になったら 本当に地獄ですよ。青春の門読んで この本忘れよ。五木さんの筆とは思えない。
2008年03月26日
見仏記 (角川文庫)
- 本能のみうらさんと理性のいとうさんの掛け合いが絶妙です。
写真・イラスト・キャプションも、爆笑につぐ爆笑。
ページが進むにつれ、永遠にこの本が読み終わらなければいいのにと思いました。
仏像が好き!この本を読んだあとは、心から言えます。
アツい「仏友」たちに乾杯… - いとうさんとみうらさんのコンビ、最高ですね。
全く考え方の違う2人、だけど、凄い共通項を感じる。
仏像好きの自分としては、本当にみうらさんのテンションがよくわかる!
まさに仏像を『見に』行くのではなく、『会い』に行くのだ★☆★
仏像に恋焦がれて、思春期の少年のような2人。
凄く可愛い。
いろんな視点で、仏像を語ってる2人を見ていると、
あ〜〜今すぐにでも、自分もお気に入りの仏像たちに会いに行きたい
衝動にかられてどうしようもない。
わかりやすく描かれているから、
どんな人にでも抵抗なく読めるのではないかな?
と私は思いますよ。多分。
笑えますしね、くくくと・・・♪ - イラストレータの「みうらじゅん」と作家の「いとうせいこう」が、各地の仏像を見てまわる旅行記をまとめたシリーズの第一弾。
古代日本の仏教を醸成した奈良や京都はもちろんのこと、奥州藤原氏が栄えた東北地方、仏教伝来の地である九州の大宰府など、各地方の有名な寺院が取り上げられている。
仏像を宗教的な崇拝の対象としてでなく、美術品としてみる彼らの「見仏」スタイルは、仏教とか仏像とかの世界の敷居を低くし、読者をその世界観へ入りやすくさせてくれる。また、仏教用語や基礎知識が、イラスト入りの注釈で添えられているのも親切である。
はじめは独自の世界観をもつみうらさんを持て余し気味のいとうさんだが、旅を重ねるにつれて「仏友」に対して厳しいツッコミを入れられるようになる過程もおもしろい。
理論を詰めて答えを導こうとするいとうさんと、直感的に物事をとらえようとするみうらさんのコントラストのある視点もいい。 - 私も小学生から寺や仏像が好きで、よく見仏していたので大きな共感を本書にもった。
小学生の時は、四国なので八十八箇所巡り、大学は寺の多い京都を選び、デートも寺や見仏が多かったのだ。
当時は変わり者呼ばわりされていましたが、
本書発表後、若者の寺まわりが増えたような気がする。
(ここ20数年の観察においてだが・・・)
本書の最大の魅力は、三浦さんといとうさんの面白いかけあいだ。
当初、見仏に引き気味だったいとうさんが、徐々に仏の魅力にはまる様は笑えた。
しかし三浦さんの小学生時の見仏記録(ノートブック記録)には脱帽した。私も小学生からまわっているが、写真を撮って眺めるのが精一杯であった。
ともあれ本作は見仏に大きな影響を与えたのは間違いない! - 最近寺や寺院などに興味があり、面白そうなので購入。
その後入院し時間があったので
海外編まで一気に読破しました。
ふたりの仏(ブツ)に対する知識の豊富さなどもすごいのですが、
なんといってもみやげ物に異常な執念を燃やすみうら氏と
つっこんだりみまもったり(みまもられたり)のいとう氏の
コンビネーションが絶妙!
あと、独特のたとえやブツに恋したりする
お二人の感想や反応が面白いんです。
この本にでてくる仏にまた会いにいきたくなりました。
見仏記 (角川文庫)
- 本能のみうらさんと理性のいとうさんの掛け合いが絶妙です。
写真・イラスト・キャプションも、爆笑につぐ爆笑。
ページが進むにつれ、永遠にこの本が読み終わらなければいいのにと思いました。
仏像が好き!この本を読んだあとは、心から言えます。
アツい「仏友」たちに乾杯… - いとうさんとみうらさんのコンビ、最高ですね。
全く考え方の違う2人、だけど、凄い共通項を感じる。
仏像好きの自分としては、本当にみうらさんのテンションがよくわかる!
まさに仏像を『見に』行くのではなく、『会い』に行くのだ★☆★
仏像に恋焦がれて、思春期の少年のような2人。
凄く可愛い。
いろんな視点で、仏像を語ってる2人を見ていると、
あ〜〜今すぐにでも、自分もお気に入りの仏像たちに会いに行きたい
衝動にかられてどうしようもない。
わかりやすく描かれているから、
どんな人にでも抵抗なく読めるのではないかな?
と私は思いますよ。多分。
笑えますしね、くくくと・・・♪ - イラストレータの「みうらじゅん」と作家の「いとうせいこう」が、各地の仏像を見てまわる旅行記をまとめたシリーズの第一弾。
古代日本の仏教を醸成した奈良や京都はもちろんのこと、奥州藤原氏が栄えた東北地方、仏教伝来の地である九州の大宰府など、各地方の有名な寺院が取り上げられている。
仏像を宗教的な崇拝の対象としてでなく、美術品としてみる彼らの「見仏」スタイルは、仏教とか仏像とかの世界の敷居を低くし、読者をその世界観へ入りやすくさせてくれる。また、仏教用語や基礎知識が、イラスト入りの注釈で添えられているのも親切である。
はじめは独自の世界観をもつみうらさんを持て余し気味のいとうさんだが、旅を重ねるにつれて「仏友」に対して厳しいツッコミを入れられるようになる過程もおもしろい。
理論を詰めて答えを導こうとするいとうさんと、直感的に物事をとらえようとするみうらさんのコントラストのある視点もいい。 - 私も小学生から寺や仏像が好きで、よく見仏していたので大きな共感を本書にもった。
小学生の時は、四国なので八十八箇所巡り、大学は寺の多い京都を選び、デートも寺や見仏が多かったのだ。
当時は変わり者呼ばわりされていましたが、
本書発表後、若者の寺まわりが増えたような気がする。
(ここ20数年の観察においてだが・・・)
本書の最大の魅力は、三浦さんといとうさんの面白いかけあいだ。
当初、見仏に引き気味だったいとうさんが、徐々に仏の魅力にはまる様は笑えた。
しかし三浦さんの小学生時の見仏記録(ノートブック記録)には脱帽した。私も小学生からまわっているが、写真を撮って眺めるのが精一杯であった。
ともあれ本作は見仏に大きな影響を与えたのは間違いない! - 最近寺や寺院などに興味があり、面白そうなので購入。
その後入院し時間があったので
海外編まで一気に読破しました。
ふたりの仏(ブツ)に対する知識の豊富さなどもすごいのですが、
なんといってもみやげ物に異常な執念を燃やすみうら氏と
つっこんだりみまもったり(みまもられたり)のいとう氏の
コンビネーションが絶妙!
あと、独特のたとえやブツに恋したりする
お二人の感想や反応が面白いんです。
この本にでてくる仏にまた会いにいきたくなりました。
2008年03月24日
見仏記 (角川文庫)
- 本能のみうらさんと理性のいとうさんの掛け合いが絶妙です。
写真・イラスト・キャプションも、爆笑につぐ爆笑。
ページが進むにつれ、永遠にこの本が読み終わらなければいいのにと思いました。
仏像が好き!この本を読んだあとは、心から言えます。
アツい「仏友」たちに乾杯… - いとうさんとみうらさんのコンビ、最高ですね。
全く考え方の違う2人、だけど、凄い共通項を感じる。
仏像好きの自分としては、本当にみうらさんのテンションがよくわかる!
まさに仏像を『見に』行くのではなく、『会い』に行くのだ★☆★
仏像に恋焦がれて、思春期の少年のような2人。
凄く可愛い。
いろんな視点で、仏像を語ってる2人を見ていると、
あ〜〜今すぐにでも、自分もお気に入りの仏像たちに会いに行きたい
衝動にかられてどうしようもない。
わかりやすく描かれているから、
どんな人にでも抵抗なく読めるのではないかな?
と私は思いますよ。多分。
笑えますしね、くくくと・・・♪ - イラストレータの「みうらじゅん」と作家の「いとうせいこう」が、各地の仏像を見てまわる旅行記をまとめたシリーズの第一弾。
古代日本の仏教を醸成した奈良や京都はもちろんのこと、奥州藤原氏が栄えた東北地方、仏教伝来の地である九州の大宰府など、各地方の有名な寺院が取り上げられている。
仏像を宗教的な崇拝の対象としてでなく、美術品としてみる彼らの「見仏」スタイルは、仏教とか仏像とかの世界の敷居を低くし、読者をその世界観へ入りやすくさせてくれる。また、仏教用語や基礎知識が、イラスト入りの注釈で添えられているのも親切である。
はじめは独自の世界観をもつみうらさんを持て余し気味のいとうさんだが、旅を重ねるにつれて「仏友」に対して厳しいツッコミを入れられるようになる過程もおもしろい。
理論を詰めて答えを導こうとするいとうさんと、直感的に物事をとらえようとするみうらさんのコントラストのある視点もいい。 - 私も小学生から寺や仏像が好きで、よく見仏していたので大きな共感を本書にもった。
小学生の時は、四国なので八十八箇所巡り、大学は寺の多い京都を選び、デートも寺や見仏が多かったのだ。
当時は変わり者呼ばわりされていましたが、
本書発表後、若者の寺まわりが増えたような気がする。
(ここ20数年の観察においてだが・・・)
本書の最大の魅力は、三浦さんといとうさんの面白いかけあいだ。
当初、見仏に引き気味だったいとうさんが、徐々に仏の魅力にはまる様は笑えた。
しかし三浦さんの小学生時の見仏記録(ノートブック記録)には脱帽した。私も小学生からまわっているが、写真を撮って眺めるのが精一杯であった。
ともあれ本作は見仏に大きな影響を与えたのは間違いない! - 最近寺や寺院などに興味があり、面白そうなので購入。
その後入院し時間があったので
海外編まで一気に読破しました。
ふたりの仏(ブツ)に対する知識の豊富さなどもすごいのですが、
なんといってもみやげ物に異常な執念を燃やすみうら氏と
つっこんだりみまもったり(みまもられたり)のいとう氏の
コンビネーションが絶妙!
あと、独特のたとえやブツに恋したりする
お二人の感想や反応が面白いんです。
この本にでてくる仏にまた会いにいきたくなりました。
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2008年03月22日
狂人日記 (講談社文芸文庫)
- 佳人薄命、とはまことによく言ったもの。ある種の向こう側を知ってしまった者は、その知の代償として自らの命を差し出さねばならない。神を相手に己を賭した、あまりに過酷な取り引き。それでもなお、その知の憧憬に憑かれた者は嬉々として命を差し出す。燃え尽きることを希う、あまりに儚い自殺志願者、それこそが芸術家の芸術家たる所以、狂人の狂人たる所以。
享年61、十分な生涯だ。とはいえ、この小説と命を引き換えにした、と語ったとして、誰がその説得力を疑うことがあろうか。『狂人日記』といえばまずはゴーゴリ、しかし、色川のそれは完成度、深みにおいてウクライナの巨星すら凌駕する。どこか硬質な文体、突き破れぬ薄皮一枚が孤独また孤独の反復を招き、狂気に至り、最後は死へと向かう。
ラストシーン、世界を遠のく姿、己を遠のく姿は迫真。
日本文学、否、世界文学の金字塔。 - 89年4月に亡くなった色川武大(阿佐田哲也)の遺作ともいえる作品。《阿佐田哲也》の代表作はもちろん麻雀放浪紀だが、《色川武大》の代表作は「離婚」や「怪しい来客簿」ではなく、この狂人日記だと思っている。
色川・阿佐田どちらの名義にしろ、彼の作品には自身の人生観あるいは人間観が色濃く投影されたものが多いが、その全てが投入されたのがこの作品ではなかろうか。
正気と狂気の狭間を行き来する男の手記(告白)の形がとられているが、文章や行間から著者が筆を握り締めながら原稿用紙を睨みつけている様子が浮かんでくるようである。加えて著者の体臭も強烈に感じられてくる。しかし、作品全体を覆うトーンは透明であり毒々しいものではない。叙情的ですらある。
色川武大が命を削って書き上げた、名作の名に相応しい作品だ。 - 私はもともと麻雀が好きで、そこから阿佐田哲也のファンになった者です。
彼のことをより深く知りたいと思い、この作品を読みました。
ある50代の男が精神病院に入院するところからこの物語は始まります。
幻聴、幻覚、悪夢にさいなまれる男の描写がえんえんと続きます。
これはナルコレプシーの症状なのですが、この病気のことをただの「眠り病」ぐらいにしか認識していなかった自分には衝撃的でした。
この病は彼特有のものであり、ほかの患者はもちろんのこと主治医とも苦しみを共有することができないし、理解もされません。
このことから彼は深い孤独におちいるのですが、そこから救い出すかのように同じ入院患者の女「圭子」が現れます。
ここまでが前半部で、主に彼の病の特異さを描いています。
この出会いから物語は急転回し、
二人で病院を出ての同棲生活が描かれることになります。
その中で男は人と関わるということ、また人を心から愛するとはどういうことなのか、ということを思索し、懊悩します。
人を愛すれば愛するほど、その不可能さにぶつかってしまい、さらに孤独が深まってしまうというパラドックス。
そんなヨーロッパ映画のようなテーマが後半部では描かれています。
本書を読み終えて阿佐田名義と色川名義の作品のあまりの違いに驚きましたが、それと同時に両者の共通項も見えた気がしました。
『麻雀放浪記』でアウトローの世界を生き抜いた「坊や哲」も本作の中年男も、絶対的に「ひとり」だということ。
人間とは究極的にはたった「ひとり」であり、他との一体感などありえないまやかしであるということ。
そんなひとつの人間観を阿佐田=色川氏は終始一貫して語りつづけた小説家であったと思います。
- 久しぶりに読み直してみて、感動を新たにしました。太宰治の『人間失格』にも通じる感動といったら大げさに過ぎるでしょうか。
人と繋がりたいと思う余りに、狂っていく、人に疎まれていく。切ないです。
私の手元には、函入の単行本もあるのですが、装丁に使われている絵の寂しさにも心打たれます。文庫版の後書きにもあるように、この絵が、十数年もの間、幻覚・幻聴に悩まされ、入院を余儀なくされた方が描いた作品だとの説明が、単行本にもあります。そして、この『狂人日記』は、色川武大さんの中にあった構想が、彼の絵画作品に出会って小説の形になることができたということです。
ただ、そういう構想から完成へのドラマとは別に、描写の迫力、場面の説得力、そういった小説自身が持つ魅力にも間違いなく圧倒され続ける作品だと思います。
人間が生きていく重い悲しみのようなものが満ちていました。
できたらぜひ、単行本の表紙や裏表紙の装丁も見てほしいと思いますが、文庫として、多くの人が手に取れるのは、とても嬉しいことに思います。 - 自分は幻覚を体験したことはないけれど、「狂人」になってしまった本人(色川さん)にしか苦しみはわからないだろう。
わかろうとしても、彼自身の私小説的で、圧倒的な描写に、おそれおののきつつ、読み進めるばかりでした。
ただ作品全体が病に覆われているかというとそうでもなく、時間の流れがおだやかな場面もあり、それ故その後の彼の苦しみが増幅されるのかもしれません。
2008年02月28日
男の作法 (新潮文庫)
- 私は池波先生の大ファンです。
特に、鬼平犯科帳の「悪を知らずに悪を斬れるか」というところなどには、しびれてしまいます。また文体も好きです。
何気ないようでまったく隙のない文体。
さて、本書です。
正直な感想を申し上げます。
男の作法には金がかかって、私には到底無理です。
「わさびをしょうゆにとかない」・・・常識として知ってはいますが、
この前提になっているのは、本わさびを使っていることでしょう。
例えば、私が同僚と居酒屋チェーンにいくとします。
そこでもわさびをとかずに食すべきなのでしょうか。
見るからにときわさび、あるいはチューブモノでも。
そういうことではないんだよ、心意気というものだよと
おっしゃるかもしれませんが。 - 男にとっては良い本ですね。特に30歳代後半からの方のように、そろそろ会社でも重要な役割を与えられてくるような年齢には必読の書でしょうね。解説には20歳代に読みたかったなどとありましたが、未だその年齢では理解できないでしょうね。着物の着方(スタイル)、天麩羅や寿司の食べ方、酒の呑み方、女の話、etc、粋な男のスタイルをサラリと語る、いいねぇこれは。何度も繰り返して読むことでしょう。大正・昭和の心意気ここにありって感じですね。寿司や刺身の食べ方なんて、50歳を越えた今まで誰も教えてくれなかったものなぁ・・・。
- 少し時代がずれた今読むことで、
共感できる精神と昔の人が持っていたそれの両面が見える。
日本人であるということを考えさせられる。
オセロのように白と黒で敷き詰められた世の中を変えたいと思った。
まだ読んでる途中ということでこの評価。 - 著者は『剣客商売』や『鬼平犯科帳』で知られる池波正太郎さんである。
全部が全部、現代の『男の常識』に当てはまるとは言えない。
著者が記すとおり、本書は"かつて"の『男の常識』を語った本ではある。(本書は昭和59年発行)
しかしいくら時代が変わっても、格好良く生きる【男】ってのはあまり変わらないと思った。
知ったかぶりをしちゃダサいよ
通じゃないのに通ぶっちゃダサいよ
自分が着る服のことをしっかり知っておくべきだし
浮気は本気になっちゃいけない
約束は絶対に守るべきだし
今だからこそ、本書から得るべきものが多いのだと思いました。
大人な男になるために、本書をすーっと読みすすめるのも【有り】かな・・・。 - 池波正太郎氏の、粋な生き方を集めたエッセイ集です。
書かれたのは、昭和の時代ですが、現在でも十分通用する内容です。
飾らず、おごらず、ひたむきだけれど、品格のある男になる為の
作法が書かれた本です。
私も、早速万年筆を購入しました。(見栄を張った分けではなく、男の作法として)
池波ファンの方も、そうでない方へも、お勧めです。
・[『敗北者へ』 (その160・短信「自分を律することのできない上官)]
・元日本兵 伊藤桂一氏が記した慰安婦 -1
・伊藤桂一さんの詩集
・病みたる秘剣〜風車の浜吉・捕物綴
・元日本兵 伊藤桂一氏が記した慰安婦 -3
・元日本兵 伊藤桂一氏が記した慰安婦 -2
・若き世代に語る日中戦争
・【太平洋戦記特集誌】『増刊歴史と人物 −秘史・太平洋戦争−』
・信州歴史時代小説傑作集
・地球の詩祭に行ってきました
